絵巻・絵画に見る出島のビリヤードの変遷
(2003.05.01)
出島から外に出られないオランダ人にとって、ビリヤードは数少ない娯楽のひとつでした。 また出島を見学に来た日本人にオランダ料理を振舞ったあと、ビリヤードを見せるのが彼らの接待の通例でした。 やはり見なれない異国の遊戯、日本人には珍しかったのでしょう。 何人かの絵師がこのビリヤードを描いています。 その中で主な絵画・絵巻を年代順に並べてみました。 作製年月日がはっきりと分っているものはいいのですが、それ以外のものは描かれている建物で時代を推測しています。 たとえばカピタン部屋は1798年に火災にあい焼失。その後建て直されたカピタン部屋は1814年に左右から昇る三角形の階段が取り付けられました。※変わった形をした階段なのでこれもよく描かれています。 ※取り付けらていたのは正確には1814年から1833年までになりますが、あくまでも目安ということで。 |
「射玉為賭図」 (蛮館図) 石崎融思 1797年 制作年月日1797年11月11日と記されています。 「紅夷人旅館図」などの頃は、台は1階に設置されていましたが(2階でオランダ人が酒飲んでいる姿が絵が描かれています)、この時代には2階に設置されています。 この玉突き台のある建物は庭園の家・花畑涼所と呼ばれる建物で遊女部屋があり、時代によっては新カピタンの部屋にもなっています。 この絵の中央椅子に座っているのはカピタン(商館長)で色の浅黒い人達はマレーあたりから連れてこられた下僕です。 描かれている玉は白玉2個赤玉1個です。 |
「阿蘭陀玉ツキノ図」 一部 (西国写生) 長谷川雪旦 1814年 江戸の絵師長谷川雪旦が西国を旅した時の旅行画集の一部です。 他の絵に描かれたカピタン部屋の階段の形状から1814年以降に描かれた物であることが推測できます。 実写図とはいえない構図が多い西国写生ですが、上の「射玉為賭図」の障子を開くとこの様な感じになるのでしょうか。 それにしても長谷川雪旦、わざわざ長崎まで行ったのですから、異文化を後年に紹介するという目的意識をもって、もう少し詳しく玉ツキを描いてもらいたかったものです。 |
「射玉為賭図」 一部 (長崎阿蘭陀船出島絵巻) 1814年 石崎融思の作品でしょうか。 他の部分にカピタン部屋が描かれていますが、階段の形状から1814年以降に描かれたようです。 玉突きの場面は蛮館図の「射玉為賭図」を元絵に描かれたものでしょう。構図はほとんど同じ。ただカピタンの周りに遊女や禿(かむろ)が描かれています。また玉の数が5個!これはどういう訳でしょう。 おそらく蛮館図から写すにあたり、あまり玉の数を重視しないで多く描いてしまったのではないでしょうか。 |
「突玉遊楽図」 (長崎古今集覧名勝図絵) 石崎融思 1825年 この絵は松浦東渓の「長崎古今集覧」(1825年)の付録として描かれたものです。 カピタンの両脇には遊女が。台の側に洋犬がヒマそうにしています。 玉の数はなぜか4個。 撞き手の構えや玉の配置、相手の立ち位置からゲームの途中ではなく、エキシビジョンや玉の取り方の説明ではないでしょうか。 |
「玉突き場の図」 (蘭館絵巻) 川原慶賀 1828年 シーボルトの御用画家川原慶賀の作品。 落款より1828年(シーボルト事件)以降の作品といわれています。 上部4人並んだ1番左の人物はシーボルトで、右から2番目青い着物の女性はシーボルトの日本人妻お滝(其扇)です。 これまでの絵では玉突き台が置かれていたのは2階の和室であったのが、ここでは1階板の間に移っています。これはどうしてでしょう? 私は台風の影響だと考えています。 文政11年(1828年)8月9日(旧暦)未曾有の大型台風が長崎を襲い、長崎に甚大な被害をもたらせました。(この台風が原因でシーボルトが禁制の日本地図を国外持ち出そうとした事が発覚するわけですが) この時出島もかなりの建物が倒壊しました。おそらく涼所の2階部分も被害にあい、玉突き台を1階に移動したのだと思います。 川原慶賀はシーボルト事件のトバッチリで文政11年12月26日(旧暦)に入牢してますから描かれたのはそれ以前ではないかと。 |
「突玉之図」 (長崎蘭館写真) 高川文筌 1843年 壁にキューとともにレストが掛かっています。 ここでもカピタンの両脇には遊女。 ここでも下僕はお盆に飲み物を乗せてたっています。 当時のヨーロッパとアジアの力関係が垣間見えますね・・ さて、この絵に描かれている台ですが、なぜかラシャの色がグレー。 この色のラシャなのか、または高川文筌がわざとラシャの色を変えて描いたのでしょうか? |
参考文献 出島図 長崎市出島史跡整備審議会編 長崎歴史散歩 原田博ニ 河出書房新社 出島 −異文化交流の舞台− 片岡一男 集英社新書 ふぉん・しいほるとの娘 上下 吉村昭 新潮文庫 世界史の中の出島 森岡美子 長崎文献社 |