1860年(万延元年)遣米使節 玉蟲左太夫 玉突きを見物

(2003.02.09)

 仙台藩士・玉蟲左太夫は日本で最初の世界一周日記(航米日録)を書いた人であり、また日本で最初にビールを飲んだ(ことを記録した)人※1でもあります。彼は遣米使節正使・新見豊前守の従者としてパウァタン号に乗り、1860年2月13日(万延元年1月22日)横浜を出航(咸臨丸は60年2月10日浦賀を出航)、ハワイに寄りサンフランシスコに到着し、咸臨丸と合流。その後、パナマで船を替えワシントン・ニューヨーク・ルアンダ・喜望峰を回り、バタビア・香港を経て11月10日に横浜に帰港※2。実に10ヶ月間の長い旅でした。
 玉蟲左太夫はこの遣米使節のメンバーの中では、もう下から数えた方が早いぐらいの下級武士のため、船室の環境は最悪。船酔いや荒波に苦しめられますが、逆にアメリカ人の船員と接する機会は多く、彼等の親切を受け苦しい時に助けられ、また上官が一船員の死を悲しむ姿を見て情の深さを知り、異人への偏見が消えていきます。その後アメリカで異文化に遭遇した左太夫は西洋的な合理主義や平等思想の良さを認め、日本との文化の共存を考えていくようになります。
 航米日録は立ち寄った地の風俗・草木・生物・物価などを詳しく記録しており、当時の日本人の目から見た海外紀行として貴重な資料です。その中に最初の寄港地ハワイでの記録に酒場でのビリヤードの模様が書かれています。
又其傍に突玉の戯あり、ビレタイホと云ふ。(中略)突玉は一間許の台を設け、四隅或中程に空孔を穿ち、其上に彩玉四つを置き、杖を以て其玉を突き空孔へ入る、是にて勝敗を定むと云ふ。
ビレタイホというのは当然ビリヤードのこと。またバタビア(現在のジャカルタ)上陸の時にやはり酒場でビリヤードを目撃し、
此店は酒を売る処にて、家の中央にビレタイホと云ふ玉突の台などありて、二三の男子一の婦人ありて周旋す。
と記録しています。ぜひ玉蟲左太夫にも突いてもらって、その感想を残してもらいたかったものです・・・

 玉蟲左太夫のその後ですが、戊辰戦争で佐幕派として戦い、不利な戦況の中榎本武揚の軍艦に合流を試みるも失敗。志津川で捕まり、入牢ののち切腹という悲劇的な最後を遂げました。日本人としては貴重な経験をし、それを日本の将来に役立てようとした玉蟲左太夫。彼の無念想像するにあまりあります。

※1その後調べたら、どうも1724年の「和蘭問答」の中にビールに関する記載あることが判明。
玉蟲左太夫が最初というのは間違いでした。
※2横浜に帰港したのは和暦ですと万延元年9月閏28日になり、9ヶ月間ですがこれは閏月(3月が2回)があるためです。また万延に改元したのは3月なので、出航時は正確には安政七年になります。

参考文献 日本思想大系 66 西洋見聞集 沼田次郎 松沢弘陽 岩波書店
玉蟲左大夫「航米日録」を読む―日本最初の世界一周日記― 小田基 東北大学出版会
現代日本記録全集1 近代日本の目ざめ 編集 高橋邦太郎 筑摩書房


万延元年 果てしなく広い海を渡った異国の酒場にて

お侍様 いやはや、異国には色々な物、珍しい物が沢山あるのう。
やややっ?あちらのお女中はいっ、生血を飲んでおるぞ?

通訳 ハハ、アレハ ワインデス。葡萄カラツクルオ酒デス。

お侍様 ふむ、なるほど酒か。わあっ、向こうの男は小便を飲んでおるっ!

通訳 ハハハ、アレモ ビールトイッテヤハリオ酒デス。

お侍様 ほほぅ。げげっ!!あそこの男は飯にウ○コをかけて食っておるぞ!

通訳 カレーライスデス!イイカゲンニシテクダサイ!!

お侍様 いや、相済まん。始めての海外ゆえ、迷惑をかけるな。
はて?あそこで男達が棒で玉を突いておるぞ。

通訳 ハイ、アレハビリヤードデス。

お侍様 うん?ビレタイホ?

通訳 イイエ、ビリヤードデス。玉突キトデモ訳シマショウカ。

お侍様 ほう、どれどれ。(といって覗きこむ。男達も侍に気がつく)

男1 Oh! Japanese?(ニコニコ)

男2 Hey! SAMURAI ! (ニコニコ)

お侍様 おう、楽しそうに。優しそうな御仁ばかりだのう。

通訳 ハイ、ビリヤードヤル人ニ悪イ人ハイマセン。

お侍様 ふむふむ成る程。こう突いてこう当てて・・ある程度理解したぞ。
どれ、拙者も混ぜてくれんかのう。

男1 Yes!ニコニコ ニヤリ)


   で、お侍様、最初は勝ったり負けたり。
  それに気を良くして、よせばいいのに賭け玉モード突入。
  いつのまにやらレートが上がって
  気がついたときはお侍様ボロ敗け!

  
お侍様 す、すまぬ。旅の途中ゆえ、いささかまけてはもれえぬか?

男1 お客さん、冗談はよしておくんな。
それを承知の上で言っているのかい?
(なぜか流暢な日本語 しかしビビッているお侍様 それすらも気がつかない)


男2 ナメてもらっちゃ困るぜ。
素人さんだからといって言って、許されるわけじゃねぇんだよ。
(やはり流暢な日本語 だがどう見てもその筋の方)


通訳 お侍さん。払うもんは払いな。
ここにゃここのしきたりってもんがあるのよ。
(もはや通訳の目つきも堅気のそれではない)

お侍様 ・・・はっ、はい。もう日本に帰りますぅ〜(泣)


永き鎖国の果てに日本人が遭遇する、世界の厳しい現実であった。